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Medical Tribune [ 2007年6月21日号特別企画]


 米国消化器病週間(Digestive Disease WeekDDW)2007が,ワシントンDCにて5月19-24日の会期で開催された。ホワイトハウスから1キロほど東に位置するワシントンコンベンションセンターには国内外から17,000名以上の参加者が集い, 連日の盛況ぶりであった。
 近年, 漢方薬研究の科学的データの蓄積をうけて欧米でも「herbal medicine」への理解が急速に進んでおり, DDWにおいても毎年漢方関連の演題が多数取り上げられている。今年もオーラル1題, ポスターセッション2題の発表があった。

慢性内臓痛の指標としてラット自発運動量に着目−慢性酸型逆流性食道炎モデルラットでの検討−

兵庫医科大学 内科学上部消化管科 教授 三輪 洋人 氏

 NERDやFDといった消化管の機能性障害の研究では,器質的障害では説明のつかない胸やけや胃もたれなど,内臓痛・知覚過敏というべき症状の発生メカニズムの解明が急がれている。そのためには動物モデルにおける内臓痛の程度を評価しうる優れた指標が不可欠であるが,これまでそうした指標は確立されていないのが現状であった。
 今回三輪氏は,慢性酸型逆流性食道炎モデルの自発運動量を定量評価し,自発運動量がモデルラットの内臓痛の指標となりうることを示した。また,自発運動量が低下したこれらのモデルラットでは,近年内臓痛との関連が指摘される食道上皮細胞間隙の拡大が非損傷部位にあることも確認し,さらに六君子湯の投与により,自発運動量の改善,細胞間隙の縮小が認められることを報告した。

自発運動量の定量評価で内臓痛と細胞間隙の関係を示唆
 三輪氏はGERDモデルとしてラットの前胃結紮と十二指腸上部の狭窄で慢性酸型逆流性食道炎モデルを作成。自発運動量はケージ上部に備え付けた赤外線センサーモニタリング装置により術後10日間自動計測し,その後開腹し病理組織学的検討を行った。
 その結果,GERDモデルでは観察期間を通してコントロールのsham operation群に対し有意な自発運動量の低下が認められた(図1)。この自発運動量の低下はPPIの術後投与により有意に改善し,臨床薬による症状改善効果の指標になりうることも確認された。さらに三輪氏は,PPIによる自発運動量の上昇が粘膜傷害の改善とは相関しないことを示し,自発運動量の変化は粘膜傷害以外の要因に起因している可能性を示した。
 その要因の1つとして三輪氏は,近年NERD症状の発現との関連が指摘される食道上皮の細胞間隙に着目。検討の結果,GERDモデルでは非損傷部位における細胞間隙の拡大が観察され(図2),タイト結合蛋白であるclaudin-3とoccludinの有意な発現低下を確認した。このことから三輪氏は,これらの蛋白発現の変化が非損傷部位の細胞間隙拡大に関与している可能性を指摘した。
 また,細胞間隙拡大の抑制作用が確認された六君子湯について検討した結果でも,術後投与群では運動量の明らかな改善が確認された(図3)
 以上の結果から三輪氏は,「ラットの自発運動量の定量評価は,逆流性食道炎による慢性内臓痛の指標になりうる」と指摘した。こうした指標が消化管の機能性障害における胸やけ,胃もたれといった症状発現のメカニズム解明に応用されることが期待される。また,そのメカニズムの重要な候補に非損傷部位における細胞間隙拡大があり,タイト結合蛋白の関与など今後さらに検討を進める必要があるとした。

図1 慢性酸型逆流性食道炎モデルにおける自発運動量の時系列変化
図2 逆流性食道炎組織における細胞間隙拡大
図3 細胞間隙拡大と自発運動量に対する六君子湯(TJ-43)の影響・術後10日目


5-HT2Cおよび2B受容体刺激によるグレリン分泌調節−シスプラチン誘発食欲不振改善への関与を示唆−

北海道大学大学院 医学研究科消化器内科学 准教授 武田 宏司 氏

 武田氏は昨年(AGA2006),シスプラチン(CDDP)誘発食欲不振ラットにおける血漿グレリン濃度の変化と食欲改善効果の関連性について報告したが,今回はその結果をふまえ,セロトニン(5-HT)受容体と血漿グレリン濃度および摂食量の変化に関する検討を実施した。
 今回の報告では,5-HT2B,2C受容体刺激がCDDP投与と同等に,血漿グレリン濃度の低下および摂食量低下を誘発することと,各受容体のアンタゴニストがそうした反応を阻害することを明らかにし,CDDPによる食欲不振に5-HT2B,2C受容体を介したグレリン分泌調節が関与することを示唆した。

セロトニン受容体刺激で血漿アシルグレリン濃度は低下,胃体部グレリン濃度は上昇
 絶食ラットに5-HTを腹腔内投与すると,CDDPの投与と同様に血中アシルグレリン値が用量依存性に低下する。アシルグレリンは活性型グレリンともいわれ,摂食活動に促進的に作用するホルモンであり,CDDP,5-HT処置群では摂食量もsaline処置群に対し有意に低下する。これに対し摂食前にグレリン5nmol/ratを静注すると,摂食量の低下は改善し,saline群よりも有意な亢進を示すまでになる。
 5-HT2B受容体アゴニスト(BW723C86)および5-HT2Cアゴニスト(m-chlorophenylpiperazine:mCPP)の腹腔内投与でも,血漿アシルグレリン濃度はsaline処置群に対し有意に低下する(図1)。興味深いことに,胃体部のグレリン濃度は両アゴニスト処置群でむしろ有意に亢進することも今回明らかにされた(BW723C86 16mg/kg群対saline処置群:P<0.01, m-CPP 9mg/kg群対saline群: P<0.05)。
 一方,CDDP処置,および5-HT2B,2C受容体刺激後に発現するこのような血漿アシルグレリン濃度の低下は,5-HT2B,5-HT2C受容体のアンタゴニスト(SB215505, SB242084HCl)により抑制され(図2),CDDPによって低下した摂食量も有意に改善した。
 最後に武田氏は,CDDP誘発性の消化管症状に対して使われるおもな治療薬について,CDDPと同時投与して血漿アシルグレリン濃度の変化を検討した。その結果,六君子湯とその構成生薬のひとつである陳皮の成分であるHeptamethoxyflavone投与により,血漿グレリン濃度がCDDP単独投与群に対して有意に改善されることが確認された(表)。Heptamethoxyflavoneは5-HT2B受容体アンタゴニストとしての作用が確認されている(受容体binding assayにてIC50値 250pmol/mL)。
 今回報告した結果について武田氏は,「シスプラチン誘発性の食欲不振,および血漿アシルグレリン濃度の低下のメカニズムには、セロトニンの分泌変化とそれに附随する5-HT2Bおよび2C受容体の活性化が関与している可能性が高い」と指摘し,5-HT2B,2C受容体に対し阻害作用を示す物質が食欲不振の治療薬として効果が期待できると述べた。

図1 セロトニン2Bアゴニスト:BW723C86,2Cアゴニストm-CPPによる
血漿アシルグレリン濃度の変化(絶食ラット)
図2 シスプラチン誘発血漿アシルグレリン濃度低下に対する
SB215505,SB242084HClの効果(絶食ラット)
シスプラチン誘発の血漿アシルグレリン濃度変化に対する
六君子湯,Heptamethoxyflavoneの検討
被験物質 血漿アシルグレリン濃度(fmoL/mL)
Saline
シスプラチン(2mg/kg, i.p.)
シスプラチン+ 六君子湯(1,000mg/kg, p.o.)
64.2 ± 7.8
31.3 ± 1.2##
52.6 ± 6.1
Saline
シスプラチン(2mg/kg, i.p.)
シスプラチン+ Heptamethoxyflavone(20mg/kg, p.o.)
60.3 ± 5.0
42.3 ± 2.7##
80.0 ± 8.5**
##:p<0.01 by Student’s t-test. *,**:p<0.05 and 0.01 by Dunnett test. 各試薬はCDDPと同時併用
Heptamethoxyflavone:六君子湯の構成生薬のひとつである陳皮の主成分。
5-HT2B受容体アンタゴニストとしての作用が知られる(IC50値:250pmol/mL)


慢性肝炎モデル動物の肝線維化進展抑制を肝血流改善の視点で捉える

旭川医科大学外科学講座・消化器病態外科学分野 准教授 河野 透 氏

 大建中湯は臨床で特に広く使われている漢方製剤のひとつで,術後イレウスの寛解および予防・再発防止, 消化管運動改善など, 幅広い領域での可能性が指摘されている。 河野氏はこれまでに大建中湯により腸管血流量が増加し,そのメカニズムとして強力な血管拡張物質であるカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)の関与があることを報告してきた(AGA 2006)。 今回は, チオアセトアミド(TAA)誘発肝線維化モデルラットを用いた検討で,大建中湯200mg/kg投与による肝線維化の各種パラメータの変化を検討し, 肝血流改善との関連を考察した。

TAA誘発肝線維化モデルにおいて線維化進展のプロセスを検討
 河野氏は,大建中湯の基本的な適応症である「腹部の冷え」に着目し,その作用にCGRPを介した腸管血流増加が関与していることをこれまでに明らかにしている(図1)。腸管血流の改善は門脈血流改善にもつながる。この点に注目した河野氏は,TAA誘発肝線維化モデルラットを用いて線維化進展への大建中湯の影響を検討した。
 TAA誘発肝線維化モデルでは,TAA投与10週ごろから肝線維化が始まり,20週目には肝硬変へと移行する。そこで,TAA投与10週目から大建中湯を50mg/kg/日,200mg/kg/日の用量別に投与して,10週目から20週目にみられる線維化の進行プロセスに対する同剤の影響を,体重,線維化マーカー,炎症性サイトカインの各種パラメータで調べ,さらに病理組織的所見も評価した。
 その結果,TAAによる体重増加の抑制は大建中湯200mg/kg投与群で有意に改善され,TAA投与20週時点でも同群では体重増加が維持されていた。また線維化マーカーである血中ハイドロキシプロリン,ヒアルロン酸値についても,大建中湯200mg/kg投与群ではTAA投与20週目でも10週目の値が維持されていた。TGF-βも顕著な抑制が大建中湯200mg/kg群で確認された。20週目で行った病理所見でも,大建中湯200mg/kg群で体重や線維化マーカーなど各種パラメータの変化と矛盾しない結果が得られた(図2)
 以上の結果は,動物モデルで大建中湯による線維化進展抑制を示したものである。河野氏はこの結果について,同剤の持つ血流改善作用に関連する可能性を指摘した。この検討は,肝線維化の進展阻止を肝血流の改善という新しい視点から捉えたものといえる。

図1 大建中湯の腸管血流改善作用
図2 TAA誘発肝線維化進展の肉眼的,組織学的所見TAA投与後10週から20週の変化
(上段:TAA単独群,下段:大建中湯投与群)




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