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MEDICAMENT NEWS 2006年4月5日 (月)号
第1867号
別刷

補中益気湯の術前投与が手術侵襲に及ぼす効果と臨床的意義〜術後の過剰な生体反応の制御と術後感染症の防止〜
岩垣 博巳 氏
(岡山大学大学院医歯学総合研究科 病態制御科学専攻 腫瘍制御学講座 消化器・腫瘍外科学分野講師)
 補中益気湯(TJ-41)などの漢方補剤は,消化器外科領域では免疫賦活作用を亢進させることが注目されてきた。最近では,TJ-41を術前に投与することによって術後の過剰な生体反応を制御できる可能性が示唆されている。また,TJ-41にはMRSAの除菌効果や抗インフルエンザウイルス効果も報告されており,この抗菌・抗ウイルス作用によって感染症を予防する可能性も指摘されている。
 手術侵襲後には全身性炎症反応症候群(SIRS)と,それに引き続く抗炎症反応である代償性抗炎症反応症候群(CARS)が起こる。SIRSが優位になれば過剰な炎症反応によって多臓器不全などを引き起こし,CARSが優位になれば免疫抑制状態に陥り感染防御力が低下する。今回,TJ-41がCARSによる免疫抑制状態を制御して感染抵抗性を増強できるか,また術後SIRSを軽減できるかを,臨床比較試験で検討した結果を報告する。

周術期患者の生体反応に及ぼす補中益気湯の効果を検討
表1 対象と方法
手術直前と術後1日目の変化率も検討
** 手術後2日目頃までの抗生物質の予防投与後,
感染症発症が疑われる症例に投与される抗生物質
 われわれは,進行胃・大腸癌患者を対象とし,TJ-41の術前投与によって周術期患者の生体反応にどのような影響を及ぼすかを検討するために無作為割付による比較試験を行った。対象と方法を表1に示す。なお,患者背景や手術侵襲度に両群間で有意差はなかった。

 主な検査項目は,侵襲マーカーであるコルチゾール,CARSの指標である可溶性IL-2受容体(sIL-2R),SIRSの指標となる可溶性TNF受容体(sTNF-R),術後の体温と脈拍の推移であり,加えて術後感染症の指標として2nd line抗生物質の使用状況などについて検討した。

 その結果,TJ-41投与群では術直前sIL-2Rが非投与群に比べて有意に低値を示し(表2),コルチゾールの術直前と術後の変化率の有意な抑制が認められた(図1)。また,術後の体温,脈拍数はいずれにおいてもTJ-41投与群は非投与群に比べて有意に低く推移した(図2)。なお,白血球数,CRPへの影響は認められなかった。

 さらに,術後の2nd line抗生物質の使用状況からみた感染症併発率はTJ-41投与群が13.6%,非投与群が42.3%と,TJ-41投与群で有意に減少していた(表2)



表2
結果
術前予防投与に用いた抗生物質とは異なる抗生物質を術後2週間以内に投与した症例,すなわち2nd lineの抗生物質使用症例の割合
図1 血中コルチゾール,sIL-2R,sTNF-Rの術前・術後変化率の比較

図2 体温および脈拍の術後推移


補中益気湯は術後の過剰な炎症反応を抑制
 TJ-41投与群の術直前sIL-2Rが非投与群に比べて有意に低値を示したことは,担癌状態の免疫抑制が部分的に是正されたためと考えられる。TJ-41投与群ではコルチゾールの分泌が非投与群に比べて有意に抑制されていたのは,TNFなどの炎症性サイトカインの過剰な産生が抑制された結果,HPA-axis(視床下部-下垂体-副腎皮質系)が抑制されたことを意味する。

 今回,SIRSの診断基準項目でもある体温と脈拍数がTJ-41投与群において有意に低値で推移したことは,臨床症状として重要である。術後の感染症併発率は有意に減少していたことも注目すべきであり,これは漢方補剤の免疫増強効果だけでは説明できず,過度のCARSを制御することも関与していると考えられる。


補中益気湯は感染防御能を増強
 以上からTJ-41は,担癌状態における術前の免疫抑制状態(CARS)と術後の過度なSIRS/CARSを制御し,術後感染に対する防御能を高める可能性が示唆された(図3)。術後の2nd line抗生物質の使用が少ないことは医療費節減にもなり,包括医療による在院日数短縮や医療コスト低減の要求に応えることにもなると考える。
図3 術後侵襲による炎症反応・感染防御力低下に対する補中益気湯(TJ-41)の可能性
■ 参考文献 斎藤信也,他:日本臨床外科学会雑誌 67(3):568-574,2006


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