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MEDICAMENT NEWS 2005年9月25日 (火)
第1848号
別刷

認知症のBPSDに対する抑肝散の効果 水上 勝義
筑波大学臨床医学系精神医学助教授

BPSDとは
認知症患者では、記憶障害、見当識障害などの中核症状以外に、周辺症状として幻覚、妄想、抑うつ、せん妄、興奮、攻撃的言動、徘徊などの多彩な精神症状や行動障害が認められる。

最近では、この周辺症状である精神症状や行動障害をBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)と総称している(表1)。
表1 BPSDの症状
精神症状 ・幻覚(幻視、幻聴など)
・妄想(物盗られ妄想、被害妄想、嫉妬妄想など)
・睡眠覚醒障害(不眠、レム睡眠行動異常)
・感情面の障害(抑うつ、躁、不安、興奮、アパシーなど)
・人格面の障害(多幸、脱抑制、易怒性、無関心など)
行動障害 ・攻撃的言動(暴行、暴言)、焦燥、叫声、拒絶
・不適切・無目的な言動
(仮性作業、不潔行為、徘徊、収集行為など)
・食行動の異常(異食、過食、拒食など)
現在、認知症患者は150〜200万人といわれる。在宅の認知症高齢者の約80%に何らかのBPSDがみられるとされ1)、認知症の程度が軽度から中等度に進行するとBPSDが多く出現するようになる2)。このBPSDは、家族を含めた介護者にとっては大きな負担となり、ときには精神的あるいは肉体的にも疲弊してしまうことから、その治療は今や社会的要請ともいえる。


BPSDに対する抑肝散の効果
BPSDに対しては向精神薬が用いられているが、錐体外路症状、転倒あるいはADLの低下などの副作用が出現して、向精神薬治療が困難な例も少なくない。

抑肝散(TJ-54)については、高齢の認知症患者のイライラ、易興奮性などの症状に有効であることが報告3,4)されており、抑肝散の証には緊張・興奮型に加えて弛緩・沈うつ型があることが指摘されている5)。この抑肝散の特徴と使用目標などを表2に示す。

われわれは、BPSDを有するアルツハイマー型認知症に抑肝散を用いて、そのBPSDに効果的であった3例を経験したので、以下に紹介する。
表2 抑肝散の特徴と使用目標など
特   徴 1)漢方医学では、肝のたかぶりは怒りや興奮などの精神神経症状をもたらすと考えられ、それらを抑えることから抑肝散と名付けられた。
2)もともとは小児に対する処方であったが、現代では年齢を問わす、諸種の精神神経症状に適用される。その基盤に、うつ傾向があることが多い。
生薬構成 朮、茯苓、川、当帰、柴胡、甘草、釣藤鈎
効能・効果 虚弱な体質で神経がたかぶるものの次の諸症:神経症、不眠症、小児夜泣き、小児疳症
使用目標 体力中等度の人で、神経過敏で興奮しやすく、怒りやすい、イライラする、眠れないなどの精神神経症状を訴える場合に用いる。腹部は左腹直筋が緊張している場合が多い。眼瞼や顔面の痙攣、手足のふるえなどを伴う場合もある。また、小児では不穏、ひきつけ、夜泣きなどを認める。
応用疾患 神経症、不眠症、ヒステリー、てんかん、脳血管障害後遺症、チック症、夜泣き、小児疳症など


抑うつ状態と攻撃性・興奮状態が併存した例
症例1は82歳の男性で、78歳から認知症が出現。82歳から易怒的、易刺激的な言動が目立つようになり、また物盗られ妄想のためにしばしば興奮するようになった。初診時の体格は中等度で、左側に軽度の胸脇苦満を認め、腹力は3/5であった。頭部MRI(図1)で大脳皮質に全般性萎縮を認め、アルツハイマー型認知症と診断した。

塩酸ドネペジルを開始したが、物忘れが激しくなったことから抑うつ的となり、興奮状態も強まったためにリスペリドンに変更したが、抑うつ症状はさらに悪化して食欲も低下した。また、家族に対してはしばしば怒鳴るようになり、抑うつ気分、不安、焦燥、攻撃的言動、興奮が顕著になったことからリスペリドンを中止して、抑肝散 5 g/日に変更した。抑肝散を開始してから1週間後には不安や易怒性は改善し、食欲も徐々に回復した。1カ月後には抑うつ状態、興奮、攻撃性も消失して、以後は安定した状態を維持している。

図1 症例1の頭部MRI
(T1強調画像)


精神症状に向精神薬が無効であった例
症例2は74歳の男性で、72歳時に物忘れ、易怒性が出現。74歳頃から易怒的となり、家族の静止を振り切ってしばしば車で外出した。夜間の不眠も出現するようになった。初診時の体格は中等度で、腹力は2/5。短期・長期の記憶障害、日時の失見当、計算障害を認めた。MRI上でびまん性の脳室拡大、海馬領域の萎縮を認め、右視床、右大脳白質に梗塞所見があったためアルツハイマー型認知症+脳梗塞と診断した。

精神症状に対してバルプロ酸ナトリウムや塩酸チアプリドを開始したが、気分の変動、イライラが激しく、物を叩きつけるなど、改善が認められなかった。そこで、抑肝散5 g /日に変更したところ、2週間後には易怒性に若干の改善がみられた。さらに7.5 g /日に増量した結果、不眠が改善して、激しい興奮状態もみられなくなった。

歩行障害のために向精神薬の投与が困難であった例
症例3は77歳の女性である。75歳頃から物忘れが出現し、77歳から物盗られ妄想、睡眠覚醒障害、不眠、夜間の徘徊、夫に対する暴言、興奮、仮性作業などを認めるようになった。初診時、記憶障害、日時の見当識障害、計算力の低下を認めたほか、下肢の疼痛を訴え、歩行時にふらつきを認めた。頭部CTにて軽度のびまん性萎縮所見があり、アルツハイマー型認知症と診断した。

歩行が不安定なことから向精神薬の投与が困難であったため、塩酸ドネペジルを開始したが、状態に改善が認められなかった。そこで、抑肝散5 g /日を追加したところ、1週間後には仮性作業は軽減し、本人も頭が軽くなったと話した。2週間後には不眠が改善し、日中の落ち着きもみられるようになった。家事も自ら行い、笑顔もみられるようになった。


向精神薬治療が困難なアルツハイマー型認知症のBPSDに対して抑肝散は選択肢の1つ
症例1は攻撃性、興奮と抑うつ状態の両面がみられた。症例2は精神症状に向精神薬が無効であった例であり、症例3は歩行障害のために向精神薬の投与が困難であった例である。特に症例1のように抑うつ状態が強い一方で、攻撃性や興奮状態も目立つ例では、向精神薬による薬物療法が極めて困難である。すなわち抗うつ薬や抗精神病薬には、抗コリン症状や錐体外路症状などの副作用があると同時に、併用をすることでさらに副作用のリスクが高まる。

前述したように、抑肝散の証には緊張・興奮型と弛緩・沈うつ型の両者があることから、症例1は抑肝散に最も適した例である。また、他の2例のBPSDに対しても効果が得られたことから、向精神薬による治療が困難なアルツハイマー型認知症のBPSDに対して抑肝散は選択肢の1つになるものと考える。


文 献
1)本間 昭:痴呆における精神症状と行動障害の特徴.老年精医誌 9: 1019-1024, 1998.
2)朝田 隆:痴呆と行動異常−痴呆性疾患・経過・重症度との相関.老年精医誌 13: 152-156, 2002.
3)田原英一、他:高齢者の痴呆による陽性症状に抑肝散が奏効した2例.漢方の臨牀 50: 105-114, 2003.
4)原敬二郎:老人患者の情緒障害に対する抑肝散およびその加味方の効果について.日東洋医誌 35: 49-54, 1984.
5)大塚敬節:大塚敬節著作集第7巻、春陽堂書店、東京、174-185、1981.

添付文書情報 ※漢方製剤のご使用にあたっては最新の添付文書をご確認ください。
  054 ツムラ抑肝散


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