漢方服薬指導Q&A


神奈川県立がんセンター所長 岡本 堯 先生
(漢方調剤研究 5(5)18,1997 より転載)
*先生方のご所属等は掲載当時のまま表記させて頂いております。

 わが国において、消化器術後といえば、ほとんどの場合、胃癌か大腸癌の手術後ということになります。それゆえ、今回はこれらの消化器癌術後と漢方方剤の使用に問題を絞って考えてみることにします。前提として、消化器癌術後にはどのようなことが生体に起こっているのかを、いくつかの項目にわけてみますと、大要つぎのようになるものと思われます。

 手術に直接起因するものとして、体力の低下、免疫能の低下、癒着障害、吻合部狭窄など、術後の間接的な障害としては、胃腸機能の低下、貧血、術後の肝機能障害などがあります。また、担癌生体としての免疫能の低下、術前や術後に行われることがある化学療法剤の副作用による障害、そして不幸にして癌が進行してしまった状態としての悪液質などがあります。それでは、このような状態に漢方方剤を使用するとしたら、どの様なものがよいか。東洋医学的に整理し、きちんとした根拠に立って投薬する必要があります。

 図は消化器癌術後の病態を東洋医学的にみたものです。すなわち、消化器癌の術後は漢方という視点からみますと個体差や程度の差はあっても、意欲低下、食欲不振、消化機能低下を内容とする気虚に加えて、皮膚乾燥、色素沈着、貧血、易疲労性を主症状とする血虚の状態といえるのではないかと思います。実際の臨床においては、患者の術前が実証タイプであったのか、虚証タイプであったのかが考慮されなければなりませんし、癌の手術においては合併切除といって、周辺の臓器も摘除される場合があるので、摘除臓器の種類や範囲も術後の病態の現れ方に影響を与えます。

 一口に消化器癌術後といっても、患者のもつ愁訴はさまざまです。個々の症例における気虚、血虚の現れ方のぶれに応じた対応をしなければなりませんから、補剤といわれるものの中から、適切な方剤を選んで使用することになります。

 私どもの施設において、もっとも使用頻度の高い方剤は十全大補湯です。十全大補湯は『和剤局方』(巻之五 諸虚門)に記載された方剤で、使用目標は胃腸機能低下、易疲労性、 、軽度の貧血、皮膚乾燥傾向、体重減少です。その他によく使用される方剤としては、安中散(精神的負担からきた胃の不調)、柴苓湯(肝機能障害)、真武湯(老齢で、血色悪く、胃腸機能の減弱、下痢)、人参養栄湯(全身 、特に貧血のある場合)、補中益気湯(上腹部の圧迫感があり、貧血なく、四肢 、食欲不振、寝汗、微熱)、茯苓飲(腹部膨満感、食欲不振)などがあります。これらの方剤以外にも、術後の便秘には見かけの虚実のタイプにかかわらず、潤腸湯投与によりよい結果を得ています。消化器癌の術後に限らず、開腹手術後の腸閉塞様の腹部膨満に対しては大建中湯が有効なことが少なくありませんが、この場合には腹部のX線写真などによる専門的な診断を先行させる必要があります。